漢方薬と研究情報
漢方薬の研究は、処方と対象疾患ごとに世界各地で積み重ねられています。ここでは代表的な8処方について、実際の臨床試験で報告されている内容を整理しました。
WHOのICD-11には、東アジアの伝統医学で用いられる診断カテゴリーを記録する章が新設されています。日本東洋医学会のEKAT 2025には577件のRCTと17件のメタアナリシスが整理されており、各研究の内容を処方・対象ごとに確認できます。
処方別エビデンス一覧
大建中湯・六君子湯・抑肝散・半夏厚朴湯・芍薬甘草湯・牛車腎気丸・十全大補湯・麻黄湯の8処方について、研究で報告されている内容を処方ごとにまとめています。
大建中湯(だいけんちゅうとう)
主な対象:腹部手術後の腸管機能回復
腹部手術後の臨床試験を統合した解析(9件のRCT)では、大建中湯を使うことで術後排ガスまでの時間が平均約10時間、入院期間が平均約1日短縮したとする結果が報告されています。なお、この解析は試験デザインの異なる9件を統合したもので、二重盲検試験のみに絞った検証は今後の課題とされています。
健康成人を対象にした小規模試験では、上腸間膜動脈の血流増加が報告されています。
術後の使用は自己判断ではなく、手術を担当する医師の管理のもとで検討してください。
六君子湯(りっくんしとう)
主な対象:機能性ディスペプシア(食後膨満感、早期満腹感など)
機能性ディスペプシアに対しては、日本消化器病学会の診療ガイドラインで一次治療の選択肢のひとつとして位置づけられています。複数のRCTで食後膨満感や早期満腹感などの改善が報告されています。
活性型グレリンの増加やグレリンシグナルの増強への関与が、臨床・基礎研究で示唆されています。2014年の多施設試験では主要評価項目での有意差の確認が課題として残り、PPI抵抗性のNERD(非びらん性胃食道逆流症)における上乗せ効果は、現在も検証が続けられています。
他の薬剤を使用中の場合や症状が長引く場合は、原因疾患の確認も含めて医師・薬剤師に相談してください。
抑肝散(よくかんさん)
主な対象:認知症に伴う興奮、幻覚などの行動・心理症状(BPSD)
比較試験やメタアナリシスでは、行動・心理症状(BPSD)の一部スコアで改善が報告されています。なお、アルツハイマー病を対象とした国内のプラセボ対照試験では、主要評価項目・認知機能ともにプラセボ群と同程度の結果でした。
動物・細胞レベルの研究では、グルタミン酸系やセロトニン系への関与が示唆されています。なお、BPSDに対する使用は、医師の判断による適応外使用にあたります。
まず非薬物的な対応を優先したうえで、使用する場合は医師が効果と副作用を確認します。甘草を含むため、低カリウム血症や血圧上昇、浮腫などに注意が必要です。
半夏厚朴湯(はんげこうぼくとう)
主な対象:高齢者などの嚥下反射、誤嚥性肺炎の発症
誤嚥性肺炎の既往がある高齢者や心臓血管手術後の患者を対象とした試験では、嚥下反射の改善や肺炎発症の減少が報告されています。
小規模試験では、唾液中サブスタンスPの増加と嚥下反射の短縮が報告されています。嚥下評価や食形態の調整、口腔ケア、リハビリといった標準的な対応と並行して行うことが基本です。
嚥下障害や肺炎が疑われる場合は速やかな医療評価が必要です。誤嚥性肺炎の予防を目的とする使用は、医師の判断による適応外使用にあたります。
芍薬甘草湯(しゃくやくかんぞうとう)
主な対象:急な筋けいれんを伴う痛み、こむら返り
肝硬変や血液透析に伴う筋けいれんを対象とした比較試験では、改善が報告されています。
基礎研究では、筋収縮を抑える作用が示唆されています。
甘草の含有量が多い処方です。低カリウム血症、偽アルドステロン症、心不全、不整脈、筋障害などを避けるため、使用は必要最小限の期間にとどめ、併用薬も確認してください。
牛車腎気丸(ごしゃじんきがん)
主な対象:オキサリプラチンによる手足のしびれ(末梢神経障害)の予防
第II相の初期試験では期待される結果が報告され、その後の大規模な第III相試験(GENIUS試験)でも同様の効果が確認されるかが検証されました。この試験では予防効果の確認には至らず、神経障害の発症率はプラセボ群を上回る結果でした。この経過を踏まえ、ASCO(米国臨床腫瘍学会)のガイドラインでは、化学療法誘発末梢神経障害への対処として他の方法が優先されています。
動物実験では、血流や冷刺激に対する痛みへの作用が検討されています。オキサリプラチンによる末梢神経障害の予防については、GENIUS試験の結果が現時点での主要な知見です。
抗がん治療中のしびれは、原因薬剤の減量や変更を含めた判断が必要になることがあります。自己判断で補助薬を追加せず、必ず主治医に相談してください。
十全大補湯(じゅうぜんたいほとう)
主な対象:化学療法中の血球減少、疲労、体力・QOL低下
化学療法中の血球減少や体力・QOLの低下を対象とした小規模研究があります。抗がん治療の効果を高める、あるいは副作用を防ぐ働きについては、現在も検証が進められている段階です。
免疫や造血への作用が基礎研究で検討されています。
化学療法との併用は必ず主治医に共有してください。甘草を含むため、低カリウム血症や血圧上昇、浮腫、筋障害などにも注意が必要です。
麻黄湯(まおうとう)
主な対象:インフルエンザ初期の発熱、オセルタミビルとの比較・併用
麻黄湯単独、またはオセルタミビルとの併用を検討した小規模研究では、解熱までの時間が短縮したとの報告があります。症状全体やウイルス学的な効果については、標準治療と同程度の結果でした。
免疫応答やウイルス増殖への作用が基礎研究で検討されています。
マオウの作用により不眠、動悸、頻脈、発汗過多、排尿障害などが起きることがあります。心疾患、高血圧、甲状腺疾患、前立腺疾患がある場合や他に薬を使っている場合は、事前に医師・薬剤師に相談してください。